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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)238号 決定

抗告人 池田康敞こと池田浄(仮氏)

主文

原審判を取消す。

抗告人の名「浄」を「康敞」(ヤスタカ)と変更することを許可する。

理由

抗告人の抗告理由は別紙のとおりである。

抗告人が戸籍上「浄」という名を有するに拘はらず一八歳頃から「康敞」(ヤスタカ)という名を用い引続き現在にいたる迄三十数年間その生活の全般に亘つて使用しており、戸籍上の浄を名を全く用いていないことは、本件記録中の証拠資料によつてこれを認めるに十分である。

戸籍法第五〇条は、名には常用平易な文字を用いなければならないと規定し、常用平易な文字の範囲は戸籍法施行規則第六〇条により当用漢字表(昭和二一年一一月一六日内閣告示第三二号)及び人名漢字別表(昭和二六年五月二五日内閣告示第一号)によることに定められているが、右法条及び告示の趣旨は人の名は家族、社会、国家等の公私の団体生活に於ける個人を特定し区別するために用いられるものであるから、これを表示する漢字も平易であり理解しやすいことを目安とすべく、珍奇な又は難解な文字或は発音を避けることを目的としたものと解せられる。ただし右の如き目安となる漢字を前記二つの告示の範囲にのみ限りこの範囲外には常用平易な文字なしと解し出生の際の命名には右範囲外の文字の使用は絶対に許さないと解するのが右法条の精神であるとまで断言し得るかは疑なしとしない。しかし右戸籍法第五〇条の趣旨は原則として名の変更についても準用されると解すべきであろう。そうすると抗告人が三十年来用いて来た「康敞」の「敞」字は前示二つの告示の何れにも載つていない文字であることは明らかである。

しかし前段階認定の如く抗告人は現行戸籍法施行の二十余年前からひきつづいて「康敞」の名を使用して来たのであつて現行戸籍法施行後に「浄」の名を届出で然る後に「康敞」を通称としていたのではない。しかも「敞」字は前示告示にこそないが古来名乗としては「ヒサ」、「タカ」、「アキラ」などと訓まれていたものであり、字劃から言つても複雑とまでは言えない文字で、抗告人の永年の通称の結果「康敞」(ヤスタカ)は本来の名「浄」(キヨシ)よりも一般世間に知れわたつているのが認められる。以上諸般の事情に鑑みると抗告人の許可の申請を却下し、従来の如く一般には「康敞」の通称を、また戸籍上或は公の届出等の面で「浄」の本名をそれぞれ使分けさせるよりも、むしろ改名を許可して「康敞」の一つのみとする方が、抗告人の同一性をより明瞭に表示する結果となることは明らかである。のみならずこれを認めることにより取引上乃至公益上支障を来たすような事情があることは何等認め得ない。

以上の如くであるから、当裁判所は少くとも戸籍法第五〇条、第一〇七条二項の例外として、抗告人の「浄」の名を「康敞」に変更することを許可するを相当と認める。仍て原審判を取消し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鈴木忠一 裁判官 谷口茂栄 裁判官 安国種彦)

抗告理由 省略

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